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▼ 2日目(前半)へ
2005年7月11日夜、車で宇都宮を出発。
今回も例によって兄と二人旅。
基本的にchataroは、山へは一人では行きません。
兄は一人でも行っちゃうけど・・・。
早い話が、山好きの兄に付き合わされているだけなんですが・・・(爆)。
いえいえ、やっぱり好きじゃないと山は登れませんよね(笑)。
日付は変わって、7月12日。
途中運転を交代したりして、午前3時過ぎに七倉到着。
なんで爺ヶ岳なのに七倉かって?。
これには深い訳が(そう深くもないか)有って、今回はブナ立尾根から裏銀座の予定だったんです。
最初はね・・・。
暫し呆然としましたが、身の危険を感じて慌てて引き返しました。
歩きながら善後策を相談し、取り敢えず湯俣から竹村新道で野口五郎岳を目指すことにしました。
例えばラーメンを食べに行って、目当ての店が休みの時は別のラーメン店に向かうでしょ?。
それと同じで(ちょっと違う気もするが)、俄かには裏銀座から頭が離れなかったのです。
タクシー代が無駄になるというのもありますが・・・。
湯俣へは、高瀬川上流に向かって左岸を、川沿いに歩きます。
コースタイムは3時間50分。
湯俣の晴嵐荘で竹村新道の状態を聞き、駄目なら引き返そうということで・・・。
あっという間に高瀬ダム到着。 2000円也。
7時頃、雨の中を歩き出しました。
ブナ立尾根へは、上流に向かって右岸のトンネルを通り、不動沢の吊橋を渡ります。
さらに河原のテント場を過ぎると濁沢に出て、仮橋を渡れば登山口です。
テント場は水びたしで、濁沢の河原は歩ける場所を探しながらの歩行でした。
雪溶け水と雨水が合体したのでしょうか、濁沢は轟音に包まれていました。
赤ペンキのマークを辿り、丸太の仮橋が架かる堤防に登ると、橋が有りません。
上流から下流を見渡してみても、やはり無い!。
泥水の激流が堤防すれすれまで迫り、ところどころでは乗り越えておりました。
対岸には赤ペンキのマークと、その先には登山口を示す黄色い標識が・・・。
ずっと雨が降り続いています。
梅雨の真っ只中だから、ある程度は覚悟していましたが・・・。
車中で2時間ほど仮眠をとって身支度を整え、タクシーで高瀬ダムへ。
七倉の登山補導所の守衛さんが言うには、
「濁沢の橋がこの前流されたけど、丸太の橋を架けたから気を付けて渡って下さい」とのこと。
タクシーの運ちゃんも、「大雨警報が出ていましたよ」なんて言うものだから、ちょっと心配になりました。
「今日はどこに泊まるの?」なんて聞かれたので「野口五郎小屋」と答えると、「今年二組目だなあ」なんて言っておりました。
きっと歓迎されるに違い無い。
結局、地図にも書いてあるように、湯俣に向かう途中で引き返しました。
それというのも竹村新道は以前下山ルートとして使用し、そのあまりの長さにまいった記憶が有ったからです。
「非常事態だから仕方ないか」と自分に言い聞かせながら歩いたのですが・・・。
湯俣への道も通常とは違い、水浸しだったり土手に上がったりしておりました。
歩きながら相談するうちにその方向に話がまとまりました。
竹村新道の長さを考えれば湯俣で一泊せねばならず、どうせこの雨では湯俣の露天風呂は入れないだろう。
それならば引き返して七倉でのんびり温泉に浸かって仕切りなおしをしようという訳です。
それにしても、引き返すというのは以外と決断力が要るもので、2時間近くも歩いてしまいました(笑)。
キッカケは右手の高瀬川の濁流に、葉っぱを付けたままの生木の大木が流れて来たからでした。
それまでにも大木は流れていましたが、生木は初めて。
上流の荒れ様が想像できます。
前を行く兄が、生木を見てから踵を返すまでの時間があまりに早くて笑ってしまいました。
帰り足は速いもので、1時間位で高瀬ダムに戻り、そのまま車の有る七倉まで歩きました。
いつの間にか雨が上がり、薄日が差してきました。
11時台に七倉に到着。 登山補導所に橋流出を報告しました。
以外に早く車に戻れたので、兄は今日のうちに次の山に登ろうと言い出しましたが、「それだけは御勘弁」とchataroが強く主張しました(笑)。
結局七倉山荘に宿泊するのをやめ、大町温泉郷で時間をつぶしました。
次の日に備えて、扇沢で車中泊することにしました。